副業・兼業を認める際の企業の注意点

はじめに

近年、働き方の多様化とともに、副業・兼業に対する関心が急速に高まっています。政府が推進する働き方改革の一環として「副業・兼業の促進」が掲げられ、多くの企業で副業解禁の動きが見られるようになりました。しかし、「副業を解禁したいけれど、どんなリスクがあるの?」「法的にはどこまで制限できるの?」といった疑問を持つ経営者や人事担当者の方も多いのではないでしょうか。

副業・兼業を認めることで、従業員のスキル向上や満足度の向上、優秀な人材の確保など多くのメリットが期待できる一方で、企業側には新たな課題やリスクも生まれます。この記事では、労働法の観点から副業・兼業を認める際に企業が注意すべきポイントについて、わかりやすく解説していきます。

副業・兼業に関する法的な基本的な考え方

労働者の副業・兼業の権利について

まず理解しておきたいのは、労働者の副業・兼業に対する法的な位置づけです。実は、労働基準法をはじめとする労働法令では、労働者の副業・兼業を直接的に禁止する規定は存在しません。憲法第22条で保障される「職業選択の自由」の観点からも、労働者には原則として副業・兼業を行う権利があると考えられています。

これまで多くの企業で副業が禁止されてきた背景には、就業規則による制限がありました。しかし、近年の働き方改革の流れを受けて、厚生労働省は平成30年に「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定し、企業に対して副業・兼業を認める方向での制度設計を推奨しています。

企業が副業・兼業を制限できる場合

とはいえ、企業が労働者の副業・兼業を無制限に認めなければならないというわけではありません。合理的な理由がある場合には、一定の制限を設けることが可能です。

法的に認められる制限の根拠として、主に以下の4つのケースが挙げられます。労務提供上の支障がある場合、企業秘密が漏洩する恐れがある場合、会社の名誉や信用を損なう恐れがある場合、そして競業により会社の利益を害する恐れがある場合です。これらの要件を満たさない単なる副業禁止規定は、法的に無効とされる可能性があります。

労働時間管理における注意点

労働時間の通算義務

副業・兼業を認める際に最も重要かつ複雑な問題の一つが、労働時間管理です。労働基準法では、複数の事業場で働く労働者の労働時間は「通算」して管理することが原則とされています。これは、労働者の健康と安全を守るための重要な仕組みです。

具体的には、自社での所定労働時間と他社での労働時間を合計して、法定労働時間(1日8時間、1週40時間)を超える場合には、時間外労働として割増賃金の支払い義務が発生します。また、36協定の締結も必要となる場合があります。

この労働時間の通算管理は、実務上非常に難しい課題となっています。労働者が他社でどれだけ働いているかを正確に把握することは困難であり、リアルタイムでの管理はほぼ不可能に近いのが現状です。そのため、企業としては事前の申告制度や定期的な報告制度を整備することが重要になります。

健康管理への配慮

労働時間の通算が必要ということは、労働者の総労働時間が長くなる可能性があることを意味します。これにより、過重労働による健康被害のリスクが高まることが懸念されます。

企業には安全配慮義務がありますので、副業・兼業を認める場合であっても、労働者の健康状態に十分な注意を払う必要があります。定期的な健康チェックの実施、長時間労働者への面接指導、必要に応じて副業の制限を検討するなど、包括的な健康管理体制の構築が求められます。

情報管理・機密保持の重要性

企業秘密の保護

副業・兼業を認める際に企業が最も警戒すべきリスクの一つが、企業秘密の漏洩です。労働者が他社で働くことにより、自社の機密情報や技術情報、顧客情報などが外部に流出する恐れがあります。

このリスクを軽減するためには、まず就業規則や雇用契約書に明確な機密保持義務を定めることが重要です。どのような情報が機密に該当するのか、副業先での情報の取り扱いに関する注意事項、違反した場合の処分内容などを具体的に規定しておくことが必要です。

また、副業・兼業の許可制を導入し、事前に副業先の業種や業務内容を確認できる仕組みを整えることも効果的です。特に同業他社での副業については、より厳格な審査が必要となるでしょう。

競業避止義務との関係

競業避止義務とは、労働者が会社の競争相手となる事業を行わない義務のことです。在職中の競業避止義務は、労働契約に基づく誠実義務の一環として一般的に認められています。

副業・兼業を認める場合でも、直接的な競合企業での労働や、自社の事業と競合する個人事業の開始などは制限することができます。ただし、あまりに範囲が広い競業避止条項は無効とされる可能性があるため、合理的な範囲に留めることが重要です。

利益相反の防止対策

職務専念義務との調整

労働者には職務専念義務があり、労働契約に基づく業務に誠実に従事する義務があります。副業・兼業によってこの義務が阻害されることは避けなければなりません。

具体的には、副業により本業の業務に支障が出る、遅刻や欠勤が増加する、業務効率が低下するといった状況が生じた場合には、副業の制限や中止を求めることができます。そのため、副業を許可する際には、本業への影響がないことを条件として明示することが重要です。

会社の信用・名誉への配慮

労働者の副業・兼業の内容によっては、会社の信用や名誉に悪影響を与える可能性があります。例えば、反社会的な組織との関わりがある業務、公序良俗に反する業務、会社のイメージを著しく損なう業務などは制限することができます。

ただし、この判断は非常にデリケートな問題でもあります。労働者の人格権やプライバシーの保護にも配慮しつつ、会社として譲れない部分を明確にしておくことが重要です。

就業規則の整備と運用

副業・兼業に関する規定の作成

副業・兼業を適切に管理するためには、就業規則の整備が不可欠です。単に「副業を認める」という規定だけでは不十分で、許可の要件、手続き、制限事項、違反時の処分などを詳細に定める必要があります。

許可制を導入する場合には、申請書の様式、審査基準、許可の有効期間、定期報告の義務などを具体的に規定します。また、事後的に問題が発覚した場合の対応についても、あらかじめルールを定めておくことが重要です。

労働者への周知と教育

就業規則を整備するだけでは十分ではありません。労働者に対して、副業・兼業に関するルールを適切に周知し、理解してもらうことが重要です。

特に、労働時間の申告義務、機密保持の重要性、利益相反の回避などについては、具体例を示しながら丁寧に説明することが必要です。定期的な研修の実施や、質問窓口の設置なども効果的な取り組みといえるでしょう。

税務・社会保険の取り扱い

税務上の注意点

副業・兼業を行う労働者の税務処理については、企業側でも一定の注意が必要です。労働者が他社からも給与を受け取っている場合、年末調整の処理が複雑になる場合があります。

また、労働者が個人事業として副業を行っている場合には、確定申告の必要性について適切なアドバイスを行うことも重要です。税務処理を誤ると、労働者個人の問題に留まらず、企業にも影響を与える可能性があります。

社会保険の取り扱い

複数の事業所で働く労働者の社会保険の取り扱いも複雑な問題です。一般的には、最も報酬の多い事業所で社会保険に加入しますが、各事業所での労働時間や報酬額によって判断が変わる場合があります。

労働者から社会保険に関する相談を受けた場合には、専門家への相談を勧めるなど、適切な対応を取ることが重要です。誤った指導により労働者に不利益を与えることは避けなければなりません。

中小企業における実践的な対応策

現実的な管理方法

中小企業では、大企業のような複雑な副業管理システムを導入することは困難な場合も多いでしょう。しかし、規模が小さいからこそできる柔軟な対応もあります。

経営者や管理職が労働者との距離が近いことを活かし、個別の事情に応じた柔軟な対応を行うことができます。また、定期的な面談を通じて、副業の状況や本業への影響を直接確認することも可能です。

外部専門家との連携

副業・兼業に関する法的な問題は複雑で、専門的な知識が必要な場面も多くあります。特に中小企業では、社内に十分な専門知識を持つ人材がいない場合も多いでしょう。

そのような場合には、社会保険労務士や弁護士などの外部専門家と連携することが重要です。就業規則の整備から日常的な運用まで、専門家のアドバイスを受けながら適切な対応を行うことをお勧めします。

まとめ:適切な制度設計で副業・兼業のメリットを最大化

副業・兼業を認めることは、労働者の能力向上や満足度の向上、多様な人材の確保など、企業にとっても多くのメリットをもたらす可能性があります。しかし、適切な制度設計と運用を行わなければ、様々なリスクが生じることも事実です。

重要なのは、自社の業種や規模、企業文化に応じた最適な副業・兼業制度を構築することです。画一的な制度ではなく、個々の企業の実情に合わせたカスタマイズが必要です。

また、副業・兼業制度は一度作って終わりではありません。社会情勢の変化、法令の改正、労働者のニーズの変化に応じて、継続的に見直しと改善を行う必要があります。

企業としては、副業・兼業を単なる「解禁」として捉えるのではなく、人材戦略の重要な一環として位置づけ、戦略的に取り組むことが重要です。適切な制度設計により、企業と労働者の双方がメリットを享受できる環境を整備することが、これからの時代の競争力向上につながるのです。

専門的な判断が必要な場面も多いため、社会保険労務士などの専門家と連携しながら、自社に最適な副業・兼業制度を構築していくことをお勧めします。労働者一人ひとりが生き生きと働ける環境の実現は、企業の持続的な発展にとって不可欠な要素なのです。

当事務所でもご相談はウェルカムですので、お気軽にお問い合わせください。

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