労働基準法における「事業所」とは?
労働問題や労務管理について調べていると、「事業所」という言葉をよく目にするのではないでしょうか。しかし、この「事業所」という概念は、法律によって微妙に定義が異なり、特に労働基準法における事業所の考え方は、働く皆さんの権利や企業の義務に直接関わる重要なポイントです。
今回は、労働基準法における「事業所」について、分かりやすく解説いたします。
労働基準法における「事業所」の基本定義
事業所とは何か
労働基準法における「事業所」とは、簡単に言えば「一定の場所において継続的に事業が行われている組織体」のことを指します。これは単なる「会社」や「企業」とは異なる概念です。
労働基準法では、事業所を労働基準法の適用単位として捉えており、労働時間の管理、賃金の支払い、労働条件の設定などは、基本的にこの「事業所」単位で行われることになります。
事業所の判断基準
労働基準法上の事業所に該当するかどうかは、以下の要素を総合的に判断して決定されます。
1. 場所的独立性
物理的に独立した場所で事業が行われていることが基本です。ただし、必ずしも建物全体を占有している必要はなく、建物の一部であっても独立性があれば事業所として認められます。
2. 経営上の独立性
人事、労務、経理などの管理機能を有し、ある程度独立して事業運営が行われていることが重要です。
3. 事業の継続性
一時的ではなく、継続して事業が行われていることが必要です。
事業所の具体例と判断のポイント
明確に事業所として認められるケース
●本店・支店・営業所
それぞれが独立した場所で継続的に事業を行っている場合、各々が独立した事業所として扱われます。例えば、東京本社と大阪支社がある会社の場合、それぞれが別々の事業所となります。
●工場・作業場
製造業の工場や建設業の作業場なども、継続的に事業が行われている限り、独立した事業所として認められます。
●店舗・営業所
小売業の各店舗や、サービス業の各営業所も、それぞれが独立した事業所として扱われるのが一般的です。
判断が難しいケース
●在宅勤務・テレワーク
近年増加している在宅勤務については、労働者の自宅が事業所になるわけではありません。労働者が所属する事業所(通常は本社や所属支店)が適用事業所となります。
●出張所・駐在員事務所
常駐する従業員の数や業務の継続性、独立性などを総合的に判断して決定されます。単に連絡業務のみを行う場合は、独立した事業所として認められない場合もあります。
●建設現場
建設業の場合、個々の建設現場は通常、一時的なものとして扱われ、独立した事業所とは認められません。ただし、大規模で長期間にわたる現場の場合は、例外的に事業所として扱われることもあります。
事業所概念が重要な理由
労働基準法の適用単位
労働基準法の多くの規定は、「事業所」を適用単位として定められています。これは以下のような実務上の重要な意味を持ちます:
●労働時間管理
労働時間の把握や管理は事業所単位で行われます。複数の事業所で勤務する労働者の場合でも、各事業所での労働時間をそれぞれ管理する必要があります。
●賃金支払い
賃金の支払いに関する規定も事業所単位で適用されます。ただし、実際の支払い方法については、会社全体で統一された方法を取ることも可能です。
●労働条件の設定
就業規則の作成・届出、労働条件の設定なども事業所単位で行われることが基本です。
監督署の管轄
労働基準監督署の管轄も事業所単位で決まります。各事業所は、その所在地を管轄する労働基準監督署の監督を受けることになります。
例えば、東京に本社、大阪に支社がある会社の場合、下記の通りとなります。
- 東京本社:東京の労働基準監督署が管轄
- 大阪支社:大阪の労働基準監督署が管轄
事業所に関する実務上の注意点
複数事業所における労働者の取り扱い
現代の働き方では、一人の労働者が複数の事業所で勤務することも珍しくありません。このような場合の取り扱いについて説明します。
●主たる事業所の決定
複数事業所で勤務する労働者については、主として勤務する事業所(主たる事業所)を決定し、そこで労働条件を管理することが一般的です。
●労働時間の通算
労働基準法上の労働時間規制は、同一企業内であれば事業所をまたいで通算されます。これは労働者保護の観点から重要なポイントです。
事業所の統廃合時の注意点
●事業所の分離・統合
組織変更に伴い事業所の分離や統合が行われる場合、労働条件の承継や就業規則の整備など、様々な手続きが必要になります。
●労働者への説明義務
事業所の変更は労働者の労働条件に影響を与える可能性があるため、適切な説明と合意形成が必要です。
事業所に関する届出と手続き
労働保険の適用
●労災保険・雇用保険
労働保険(労災保険・雇用保険)は事業所単位で適用されます。新たに事業所を設置した場合は、労働保険の適用事業所として届出を行う必要があります。
●保険料の計算
労働保険料も事業所単位で計算・納付することが基本です。ただし、継続事業の場合は、一括して処理することも可能です。
社会保険の適用
●健康保険・厚生年金保険
社会保険については、事業所単位での適用が原則です。ただし、実際の適用については、会社全体で統一された方法を取ることも可能です。常時5人以上の従業員を雇用する事業所は、強制適用事業所となります。
各種届出の必要性
●就業規則の届出
常時10人以上の労働者を使用する事業所は、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出る必要があります。
●各種協定の締結
36協定(時間外労働・休日労働に関する協定)などの労使協定も、事業所単位で締結・届出を行います。
事業所概念の実務への影響
人事労務管理への影響
●統一的な管理と個別対応のバランス
企業全体としての統一的な人事労務管理を行いつつ、各事業所の特性に応じた個別対応も必要になります。
●情報共有の重要性
複数事業所を持つ企業では、労働条件や労務管理に関する情報共有が特に重要になります。
コンプライアンス対応
●法令遵守の徹底
各事業所が労働基準法を遵守するよう、全社的なコンプライアンス体制の構築が必要です。
●監査・点検体制
定期的な労務監査や点検を通じて、各事業所の法令遵守状況を確認することが重要です。
よくある質問と回答
Q: 在宅勤務者の事業所はどこになりますか?
A: 在宅勤務者の自宅は事業所にはなりません。労働者が所属する本社や支社などが適用事業所となります。ただし、労働時間管理や安全衛生管理については、在宅勤務の特性を踏まえた対応が必要です。
Q: 出張先での労働時間はどの事業所で管理しますか?
A: 出張先が一時的なものであれば、労働者が所属する事業所で労働時間を管理します。ただし、長期出張の場合は、出張先の事業所での管理が適切な場合もあります。
Q: グループ会社間での出向者の取り扱いは?
A: 出向者については、実際に労働を提供している出向先の事業所で労働基準法が適用されます。ただし、出向元との労働契約関係も継続するため、両社間での適切な取り決めが必要です。
まとめ
労働基準法における「事業所」の概念は、労働者の権利保護と企業の適切な労務管理の基盤となる重要な概念です。現代の多様な働き方や組織形態に対応するため、この概念を正しく理解し、適切に適用することが求められています。
特に、複数の事業所を持つ企業や、テレワークを導入している企業では、事業所概念の理解がコンプライアンス対応の鍵となります。労務管理に不安がある場合は、専門家である社会保険労務士にご相談いただくことをお勧めします。
適切な労務管理は、労働者の安心・安全な労働環境の確保と、企業の健全な発展の両方を実現する重要な基盤です。事業所概念を正しく理解し、法令に沿った適切な労務管理を実施していきましょう。
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