パワーハラスメント防止法とは?企業の義務と対策
はじめに
近年、職場におけるパワーハラスメント(パワハラ)が社会問題として大きく取り上げられるようになりました。2020年6月に施行された「労働施策総合推進法」の改正により、企業にはパワーハラスメント防止措置の義務化が課せられています。この法改正により、企業は具体的な防止対策を講じることが法的に求められるようになりました。
本記事では、パワーハラスメント防止法の概要から企業が取るべき具体的な対策まで、分かりやすく解説いたします。
パワーハラスメント防止法とは
法律の正式名称と背景
一般的に「パワーハラスメント防止法」と呼ばれていますが、正式には「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(労働施策総合推進法)の改正法です。この改正により、職場におけるパワーハラスメントの定義が法律で初めて明確化され、企業の防止義務が規定されました。
施行時期と適用範囲
- 大企業:2020年6月1日から施行
- 中小企業:2022年4月1日から施行(努力義務期間を経て義務化)
この法改正により、すべての企業がパワーハラスメント防止措置を講じることが法的義務となりました。
パワーハラスメントの法的定義
3つの要件
法律では、パワーハラスメントを以下の3つの要件をすべて満たすものと定義しています:
- 優越的な関係を背景とした言動
- 職務上の地位が上位の者による言動
- 同僚や部下でも、業務の経験や技能、知識で優位にある者による言動
- 集団による個人への言動
- 業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
- 業務の適正な範囲を明らかに超えている
- 業務上の指導の範疇を逸脱している
- 労働者の就業環境を害すること
- 身体的・精神的な苦痛を与える
- 就業環境を悪化させる
具体的な行為類型
厚生労働省では、パワーハラスメントを以下の6つの行為類型に分類しています:
1. 身体的な攻撃
- 暴行、傷害
- 物を投げつける行為
2. 精神的な攻撃
- 人格否定的な発言
- 必要以上に長時間の厳しい叱責
- 他の職員の前での威圧的な叱責
3. 人間関係からの切り離し
- 仲間外し、無視
- 別室への隔離
- 自宅研修の名目での出勤停止
4. 過大な要求
- 業務上明らかに不要なことの強制
- 遂行不可能なことの強制
- 個人の技量や経験とかけ離れた過度の要求
5. 過小な要求
- 業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること
- 仕事を与えないこと
6. 個の侵害
- 私的なことに過度に立ち入ること
- プライベートな事柄への執拗な詮索
企業に課せられる義務
必須の防止措置
企業は以下の措置を講じることが義務付けられています:
1. 事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発
- パワーハラスメントの内容・方針等の社内規程等への記載
- 管理・監督者を含む労働者への周知・啓発
2. 相談体制の整備
- 相談窓口の設置
- 相談担当者の適切な配置と対応
3. 職場におけるパワーハラスメントが生じた場合の迅速かつ適切な対応
- 事実関係の迅速かつ正確な確認
- 被害者に対する配慮措置の適正な実施
- 行為者に対する適正な措置の実施
- 再発防止に向けた措置の実施
4. 相談者・行為者等のプライバシー保護
- プライバシー保護に必要な措置の実施
- その旨の周知
5. 相談・協力等を理由とする不利益取扱いの禁止
- 相談者や事実関係の確認への協力者への不利益取扱いの禁止
違反時のペナルティ
パワーハラスメント防止措置義務に違反した場合、以下のような対応が取られる可能性があります:
- 労働局による助言・指導・勧告
- 企業名の公表(勧告に従わない場合)
- 労働基準監督署による監督指導
効果的な防止対策
予防対策
1. 社内規程の整備
- 就業規則への明記
- ハラスメント防止規程の策定
- 懲戒規程の明確化
2. 研修・教育の実施
- 管理職向けハラスメント防止研修
- 全従業員向け意識向上研修
- 新入社員研修での意識啓発
3. 職場環境の改善
- コミュニケーション活性化の取り組み
- 働きやすい職場づくりの推進
- ストレス軽減対策の実施
相談体制の構築
1. 相談窓口の設置
- 内部相談窓口(人事部、専門部署等)
- 外部相談窓口(弁護士事務所、専門機関等)
- 複数の相談ルートの確保
2. 相談担当者の育成
- 適切な対応方法の習得
- 守秘義務の徹底
- 中立・公正な立場での対応
発生時の対応手順
1. 初期対応
- 相談内容の詳細な聞き取り
- 緊急性の判断
- 一時的な配慮措置の検討
2. 事実調査
- 関係者からの聞き取り調査
- 客観的証拠の収集
- 調査結果の整理・検討
3. 措置の実施
- 被害者への配慮措置
- 行為者への措置(指導、懲戒等)
- 職場環境の改善
4. 再発防止
- 原因の分析
- 改善策の策定・実施
- フォローアップの実施
中小企業における実務的な対策
限られた資源での効果的な取り組み
中小企業では、大企業のような専門部署の設置が困難な場合があります。そのような場合でも、以下の方法で効果的な対策を講じることができます:
1. 経営者自らの関与
- 経営者による明確なメッセージ発信
- トップダウンでの意識改革
- 定期的な職場巡回での現状把握
2. 外部リソースの活用
- 社会保険労務士等の専門家による支援
- 業界団体の研修プログラムの活用
- 労働局の相談サービスの利用
3. 段階的な取り組み
- 重要度の高い措置から優先的に実施
- 既存の仕組みの活用・改良
- 継続的な改善による制度の充実
実践的なチェックポイント
就業規則の見直し
- パワーハラスメントの定義が明記されているか
- 相談窓口が明確に定められているか
- 懲戒規定が整備されているか
相談体制の確認
- 相談しやすい環境が整っているか
- 相談者のプライバシーが保護されているか
- 迅速な対応体制が確立されているか
教育・研修の実施状況
- 管理職に対する研修が実施されているか
- 全従業員への周知が適切に行われているか
- 定期的な意識調査が実施されているか
今後の展望と注意点
社会情勢の変化への対応
働き方の多様化に伴い、パワーハラスメントの形態も変化しています:
- リモートワーク環境でのハラスメント
- SNSやメール等を通じた言動
- 世代間や価値観の違いによる認識のずれ
これらの新たな課題に対しても、継続的に対策を見直し、改善していくことが重要です。
予防重視の取り組み
問題が発生してからの対応だけでなく、予防に重点を置いた取り組みが効果的です:
- 良好なコミュニケーション文化の醸成
- 多様性を尊重する職場づくり
- 働きがいのある職場環境の実現
まとめ
パワーハラスメント防止法の施行により、すべての企業にハラスメント防止措置が義務付けられました。これは単なる法的義務の履行にとどまらず、働きやすい職場環境の実現により、従業員のモチベーション向上や企業の生産性向上にもつながる重要な取り組みです。
企業の規模や業種に関わらず、それぞれの実情に応じた適切な防止対策を講じることで、すべての従業員が安心して働ける職場環境を構築することができます。まずは現在の職場環境を客観的に見つめ直し、必要な改善策を段階的に実施していくことから始めましょう。
パワーハラスメント防止は、一度対策を講じれば終わりというものではありません。継続的な取り組みと改善により、真に働きやすい職場環境の実現を目指していくことが重要です。
専門的な支援が必要な場合は、弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談いただくことをお勧めいたします。適切な対策により、すべての従業員が能力を十分に発揮できる職場環境の実現を目指しましょう。
当事務所でもご相談はウェルカムですので、お気軽にお問い合わせください。
●企業のご担当者からのご相談はこちらまで。
●労働者の方のご相談は、下記のココナラのサービスをご活用ください。