マタニティハラスメントとは?妊娠・出産に関する不利益取扱い
はじめに
近年、働く女性が妊娠・出産を機に職場で嫌がらせや不当な扱いを受ける「マタニティハラスメント(マタハラ)」が社会問題となっています。厚生労働省の調査によると、妊娠・出産・育児休業等に関するハラスメントの相談件数は依然として高い水準で推移しており、多くの働く女性が悩みを抱えている現状があります。
しかし、「妊娠を報告したら急に冷たくされるようになった」「つわりで体調が悪いのに配慮してもらえない」「育休から復帰したら希望しない部署に異動させられた」といった経験をしても、「これってマタハラなの?」「どこに相談すればいいの?」と一人で悩んでしまう女性も多いのではないでしょうか。
この記事では、マタニティハラスメントの定義や法的規制、企業の義務、そして被害を受けた際の対処法について、労働法の観点からわかりやすく解説していきます。妊娠・出産という人生の大切な時期を安心して過ごすために、正しい知識を身につけていただければと思います。
マタニティハラスメントとは何か
マタハラの定義と具体的な行為
マタニティハラスメントとは、働く女性が妊娠・出産・育児休業・介護休業等を理由として、職場で精神的・肉体的な嫌がらせを受けたり、不利益な取扱いを受けたりすることを指します。これは単なる道徳的な問題ではなく、男女共同参画社会基本法や育児・介護休業法、雇用機会均等法などの法律で明確に禁止されている行為です。
具体的なマタハラの行為には、妊娠の報告に対して「迷惑だ」「辞めてもらうしかない」といった発言をすること、妊娠中の体調不良に対して「妊娠は病気じゃない」などと配慮を拒否すること、産前産後休業や育児休業の取得を妨害すること、復職後に従前より不利な条件での労働を強要することなどがあります。
また、直接的な嫌がらせだけでなく、妊娠を理由とした降格、減給、雇止め、解雇なども法的に禁止されている不利益取扱いに該当します。これらの行為は、働く女性の尊厳を傷つけるだけでなく、少子高齢化が進む日本社会において女性の活躍推進を阻害する深刻な問題となっています。
パタニティハラスメントも含む包括的な問題
近年では、男性が育児休業を取得する際に受けるハラスメント「パタニティハラスメント(パタハラ)」も注目されています。「男性が育児休業なんて」「奥さんに任せておけばいい」といった偏見に基づく発言や、育児休業の取得を理由とした不利益取扱いは、男性に対しても法的に禁止されています。
妊娠・出産・育児は夫婦で協力して取り組むものであり、性別を問わず全ての労働者が安心して子育てができる職場環境の整備が求められています。企業にとっても、多様な働き方を支援することで優秀な人材の確保と定着につながる重要な課題といえるでしょう。
法的規制と企業の義務
男女共同参画社会基本法による基本理念
日本の法制度においては、男女共同参画社会基本法が男女平等の基本理念を定めており、妊娠・出産に関する女性の権利保護の基礎となっています。同法では、男女が互いにその人権を尊重し、責任を分かち合い、性別にかかわりなく個性と能力を発揮することができる社会の実現を目指すとしています。
この基本理念に基づき、働く女性が妊娠・出産を理由として職場で不利益な取扱いを受けることは、法的に許されない行為として位置づけられています。企業には、この基本理念を踏まえた職場環境の整備が求められているのです。
育児・介護休業法による具体的な保護
育児・介護休業法は、妊娠・出産・育児に関する労働者の権利を具体的に定めた法律です。同法では、妊娠・出産・育児休業等を理由とする不利益取扱いの禁止が明確に規定されています。
具体的には、妊娠の届出、産前産後休業の請求・取得、育児休業の申出・取得、子の看護休暇の申出・取得、所定外労働の制限の申出、時間外労働・深夜業の制限の申出、育児短時間勤務の申出・利用などを理由として、解雇その他不利益な取扱いをすることが禁止されています。
この「その他不利益な取扱い」には、減給、降格、不利益な配置転換、不利益な自宅待機命令、契約更新の拒否、正社員をパートタイム労働者等の非正規雇用労働者とするような労働契約内容の変更の強要など、幅広い行為が含まれます。
雇用機会均等法による妊娠・出産等を理由とする不利益取扱いの禁止
男女雇用機会均等法においても、妊娠・出産・産前産後休業の取得等を理由とする解雇その他不利益な取扱いが禁止されています。特に注目すべきは、妊娠中及び産後1年以内の女性労働者に対する解雇は、事業主が当該解雇が妊娠・出産等を理由とする解雇でないことを証明しない限り無効とされる点です。
これは「解雇の効力に関する特則」として設けられており、妊娠・出産期の女性労働者を手厚く保護する規定となっています。企業側が解雇の正当性を証明する責任を負うため、妊娠・出産期の女性に対する安易な解雇は法的に極めてリスクが高い行為といえるでしょう。
事業主に義務付けられたハラスメント防止措置
平成29年の育児・介護休業法改正により、事業主にはマタニティハラスメントやパタニティハラスメントの防止措置を講じることが法的に義務付けられました。具体的には、ハラスメントに関する方針の明確化、相談窓口の設置、事後の迅速かつ適切な対応、当事者のプライバシー保護、相談したことを理由とする不利益取扱いの禁止などが求められています。
これらの防止措置を適切に講じていない企業に対しては、厚生労働大臣による勧告や企業名公表などの行政措置が取られる可能性があります。また、適切な措置を講じずにハラスメントが発生した場合、企業は安全配慮義務違反として損害賠償責任を負うリスクもあります。
マタハラの具体的なケースと判断基準
妊娠報告時のハラスメント
妊娠の報告を受けた際の上司や同僚の反応は、その後の職場環境を大きく左右します。「今のタイミングで妊娠するなんて無責任だ」「プロジェクトが大変な時期なのに困る」「代わりの人を探すのが大変」といった発言は、明らかなマタニティハラスメントに該当します。
妊娠は個人の基本的権利に関わる事柄であり、時期やタイミングについて職場から批判されるべき事柄ではありません。むしろ、妊娠の報告を受けた際には、まずは祝福の言葉をかけ、今後の業務や体調管理についてサポートする姿勢を示すことが適切な対応といえるでしょう。
つわりや体調不良への無理解
妊娠初期のつわりは個人差が大きく、重篤な場合には医師の診断書に基づく休暇取得が必要になることもあります。しかし、「つわりは甘え」「みんな我慢している」「妊娠は病気じゃない」といった発言で、必要な配慮を拒否することはハラスメントに該当します。
労働基準法では、妊娠中の女性労働者が保健指導又は健康診査に基づく指導事項を守ることができるよう、勤務時間の変更や勤務の軽減等必要な措置を講じなければならないとされています。医師等からの指導に基づく措置請求に対して、適切な配慮を行うことは法的義務なのです。
産前産後休業・育児休業の取得妨害
産前産後休業は労働基準法で定められた権利であり、育児休業は育児・介護休業法で保障された権利です。これらの休業取得を妨害したり、取得を理由として不利益な取扱いをしたりすることは明確な法律違反となります。
「休まれると困る」「代替要員がいない」「昇進に影響する」といった理由で休業取得を思いとどまらせようとする行為や、復職時に「もう責任のある仕事は任せられない」として従前より軽易な業務への配置転換を行うことは、法的に禁止されている不利益取扱いに該当します。
復職後の不当な処遇
育児休業から復職した際に、休業前と同等の処遇を受けることは法的に保障された権利です。しかし、実際には「ブランクがあるから」「時短勤務だから」といった理由で、不当に低い処遇を受けるケースが見られます。
育児・介護休業法では、育児休業後の労働者を原則として原職又は原職相当職に復帰させることが義務付けられています。また、育児短時間勤務制度の利用を理由として、昇進・昇格の人事考課において不利益な取扱いをすることも禁止されています。
被害を受けた際の対処法と相談先
証拠の収集と記録の重要性
マタニティハラスメントの被害を受けた際には、まず証拠の収集と記録の保存が重要です。ハラスメント的な発言があった日時、場所、発言者、具体的な発言内容、その場にいた人物などを詳細にメモしておくことが大切です。
また、メールやチャット、録音データなどの物的証拠があれば保存しておきましょう。不利益な取扱いを受けた場合には、人事発令書や給与明細書、勤務表なども重要な証拠となります。これらの記録は、後々の交渉や法的手続きにおいて重要な役割を果たします。
社内相談窓口の活用
多くの企業では、ハラスメント防止のための相談窓口が設置されています。まずは、社内の相談窓口に相談することを検討しましょう。法律により、相談したことを理由とする不利益取扱いは禁止されており、企業には適切な対応を行う義務があります。
相談の際には、これまでに収集した証拠や記録を整理して持参し、具体的な状況を説明することが重要です。また、相談内容や企業の対応についても記録しておくことで、その後の対応の参考になります。
労働局における紛争解決援助
社内での解決が困難な場合には、都道府県労働局の雇用機会均等室に相談することができます。労働局では、男女雇用機会均等法や育児・介護休業法に基づく紛争解決援助を行っており、無料で利用することができます。
労働局の援助には、当事者に対する助言・指導・勧告や、紛争調整委員会による調停があります。調停は、公正中立な第三者が間に入って話し合いによる解決を目指すもので、多くの事案で活用されています。
専門家への相談の重要性
マタニティハラスメントの問題は、労働法の専門的な知識が必要な分野です。事案の法的評価、適切な対処法の選択、証拠の整理、交渉戦略の立案などについては、社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談することをお勧めします。
特に、不利益取扱いによる経済的損失が大きい場合や、精神的苦痛が深刻な場合には、損害賠償請求や労働審判、訴訟などの法的手続きも視野に入れた対応が必要になることがあります。専門家のサポートを受けることで、より効果的な解決が期待できるでしょう。
企業が取り組むべき予防策
管理職研修の充実
マタニティハラスメントの防止には、管理職の理解と意識改革が不可欠です。妊娠・出産・育児に関する法的知識、適切なコミュニケーション方法、配慮すべき事項などについて、定期的な研修を実施することが重要です。
研修では、具体的な事例を用いたケーススタディや、ハラスメントに該当する発言・行為の例示、適切な対応方法の説明などを行うことで、管理職の実践的なスキル向上を図ることができます。また、法改正や判例の動向についても継続的に情報提供することが必要です。
職場環境の整備
妊娠・出産・育児と仕事の両立を支援するためには、制度面での整備だけでなく、実際に制度を利用しやすい職場風土の醸成が重要です。妊娠中の業務調整、産前産後休業・育児休業の取得、育児短時間勤務制度の利用などが当然の権利として受け入れられる環境作りが求められます。
また、業務の属人化を避け、チーム制による業務遂行体制を整備することで、妊娠・出産・育児により一時的に業務から離れる労働者がいても、円滑に業務を継続できる仕組みを構築することが大切です。
相談体制の充実
ハラスメント防止のためには、労働者が安心して相談できる体制の整備が不可欠です。相談窓口の設置、相談担当者の研修、相談内容の秘密保持、迅速な対応、適切なフォローアップなど、総合的な相談体制を構築する必要があります。
また、相談窓口の存在や利用方法について、全労働者に周知徹底することも重要です。定期的な社内広報や研修を通じて、相談窓口の活用を促進し、問題の早期発見・早期解決を図ることが効果的です。
社会全体で取り組むべき課題
働き方改革との関連
マタニティハラスメントの根本的な解決には、長時間労働の是正、有給休暇の取得促進、テレワークの推進など、働き方改革と連動した取り組みが必要です。すべての労働者にとって働きやすい環境が整備されることで、妊娠・出産・育児期の労働者への理解も深まることが期待されます。
また、男性の育児参加を促進することで、育児は女性だけの責任ではないという意識の変革を図ることも重要です。男性の育児休業取得率の向上、育児支援制度の充実、職場における理解の促進などが求められています。
少子高齢化社会への対応
日本が直面している少子高齢化問題の解決には、女性が安心して妊娠・出産・育児に取り組める社会環境の整備が不可欠です。マタニティハラスメントの撲滅は、女性の継続就労を支援し、出生率の向上にもつながる重要な課題といえるでしょう。
企業にとっても、優秀な女性人材の確保と定着、多様性のある組織運営、社会的責任の履行などの観点から、マタニティハラスメント防止への取り組みは重要な経営課題となっています。
まとめ:すべての人が安心して働ける職場環境の実現に向けて
マタニティハラスメントは、働く女性の基本的権利を侵害する重大な問題であり、法的にも明確に禁止されている行為です。しかし、残念ながら現在でも多くの職場で発生しており、被害を受けた女性が一人で悩みを抱えているケースも少なくありません。
この問題の解決には、法的知識の普及、企業における予防措置の強化、被害者への適切な支援体制の構築など、社会全体での取り組みが必要です。企業経営者や人事担当者には、法令遵守はもとより、すべての労働者が安心して働ける職場環境の実現に向けた積極的な取り組みが求められています。
妊娠・出産・育児は人生における重要な出来事であり、それらを理由として職場で不利益を受けることがあってはなりません。働く女性が安心してキャリアと家庭の両立を図ることができる社会の実現は、企業の持続的発展と日本社会の未来にとって不可欠な要素なのです。
マタニティハラスメントに関する問題や職場環境の改善について、専門的な知識が必要な場面も多いため、社会保険労務士などの専門家と連携しながら、適切な対策を講じていくことが重要です。一人ひとりが尊重され、能力を発揮できる職場環境の実現に向けて、継続的な取り組みを進めていく必要があります。
当事務所でも、マタニティハラスメント防止や職場環境改善に関するご相談を承っております。企業の皆様も労働者の皆様も、お気軽にお問い合わせください。
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