転職時の社会保険手続きと注意点
はじめに
転職を考えている方、あるいは既に転職が決まった方にとって、社会保険の手続きは気になるポイントの一つではないでしょうか。「健康保険証はいつ使えるようになるの?」「年金の手続きはどうすればいいの?」「失業保険はもらえるの?」といった疑問や不安を抱える方は少なくありません。
実際、転職時の社会保険手続きを誤ると、医療費が全額自己負担になってしまったり、年金の未納期間が発生したり、思わぬトラブルに巻き込まれることもあります。しかし、基本的な流れと注意点を理解しておけば、スムーズに手続きを進めることができます。
この記事では、社会保険労務士の視点から、転職時の社会保険手続きについて、わかりやすく解説していきます。退職から入社までの期間の長さによって対応が変わる点も含め、具体的な手続きの流れや注意すべきポイントをお伝えします。
転職と社会保険の基礎知識
社会保険とは何か
まず、社会保険の基本を確認しておきましょう。日本の社会保険制度は、健康保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険の4つから構成されています。転職時に特に手続きが必要となるのは、健康保険、厚生年金保険、雇用保険の3つです。労災保険については、企業が保険料を全額負担し、労働者の手続きは不要なため、転職時に特別な対応は求められません。
これらの社会保険は、私たちの生活を支える重要なセーフティネットです。病気やケガをしたときの医療費負担を軽減し、老後の生活を支え、失業時の生活を保障してくれる仕組みとなっています。転職という人生の節目において、この保障が途切れないようにすることが非常に重要です。
転職時の社会保険手続きの全体像
転職時の社会保険手続きは、大きく分けて「退職時」「退職後から入社前」「入社時」の3つのフェーズに分かれます。各フェーズで必要な手続きは異なりますが、一貫して重要なのは「空白期間を作らない」「必要書類を確実に受け取る」という2点です。
退職時には会社から必要な書類を受け取り、入社までの期間によって適切な手続きを選択し、新しい会社で速やかに加入手続きを完了させる。この流れを理解しておくことで、転職時の不安を大きく軽減できます。
退職時に必要な手続きと書類
会社から受け取るべき重要書類
退職が決まったら、会社から受け取るべき書類を確実に把握しておくことが大切です。まず、健康保険証は退職日までに会社へ返却する必要があります。扶養家族がいる場合は、家族分の保険証も忘れずに返却しましょう。マイナンバーカードを健康保険証として利用していた場合でも、退職によって資格が喪失するため、退職日以降は使用できなくなります。
退職後に会社から受け取る書類として重要なのが、雇用保険被保険者証、年金手帳または基礎年金番号通知書、源泉徴収票です。これらは次の会社での手続きや、状況によっては公的機関での手続きに必要となります。特に雇用保険被保険者証は、失業給付を受ける場合や、次の会社での雇用保険加入手続きに必須の書類ですので、大切に保管してください。
また、退職日によっては離職票が後日郵送されることもあります。離職票は、失業給付の申請に必要な書類ですので、転職先が決まっていない場合や、退職から入社までに期間が空く場合は、確実に受け取るようにしましょう。
退職のタイミングと社会保険料
退職日によって社会保険料の扱いが変わることをご存じでしょうか。健康保険や厚生年金保険の資格喪失日は、退職日の翌日となります。そして、保険料は資格喪失日の属する月の前月まで徴収されることになっています。
これがどういうことかというと、たとえば3月31日に退職した場合、資格喪失日は4月1日となり、3月分までの保険料が徴収されます。一方、3月30日に退職した場合は、資格喪失日が3月31日となり、2月分までの保険料しか徴収されません。月末に退職するか、月末の前日に退職するかで、1か月分の保険料負担が変わってくるのです。
ただし、これは単純に「月末の前日に退職すれば得」というわけではありません。次の会社への入社日との関係や、健康保険の空白期間などを総合的に考える必要があります。給与の締め日や支給日との兼ね合いもありますので、退職日の設定については会社とよく相談することをお勧めします。
退職から入社までの期間別の手続き
すぐに転職する場合(空白期間がほぼない場合)
退職日と入社日の間に空白期間がない、あるいは数日程度の短い期間しかない場合は、手続きが比較的シンプルです。健康保険と厚生年金保険については、新しい会社で加入手続きをすることで、ほぼ切れ目なく保障が継続されます。
ただし、健康保険証については注意が必要です。前の会社で保険証を返却してから、新しい会社で保険証が発行されるまでには、通常1週間から2週間程度の時間がかかります。この間に医療機関を受診する場合、一旦全額を自己負担し、後日保険証が届いてから医療機関で精算するという手続きが必要になることがあります。
マイナンバーカードを健康保険証として利用している場合、オンライン資格確認システムを導入している医療機関であれば、新しい会社での加入手続きが完了した後、比較的早期に保険証として使用できるようになります。ただし、すべての医療機関がオンライン資格確認に対応しているわけではないため、不安な場合は新しい会社の人事担当者に「資格取得証明書」の発行を依頼すると良いでしょう。
雇用保険については、新しい会社での手続きに前の会社から受け取った雇用保険被保険者証が必要となります。雇用保険被保険者番号は生涯同じ番号を使用しますので、確実に新しい会社に提出してください。
転職まで1か月程度の期間がある場合
退職から次の入社までに1か月程度の期間がある場合、健康保険と年金の手続きが必要になります。この期間の選択肢としては、国民健康保険への加入、健康保険の任意継続、家族の扶養に入るという3つの方法があります。
国民健康保険は、退職後14日以内に住所地の市区町村役場で加入手続きをします。保険料は前年の所得や世帯の人数によって決まりますので、人によって負担額は大きく異なります。手続きには、退職した会社から発行される資格喪失証明書や離職票などが必要です。マイナンバーカードを持参すると手続きがスムーズになります。
健康保険の任意継続は、退職前に加入していた健康保険を最長2年間継続できる制度です。退職日の翌日から20日以内に申請する必要があり、期限を過ぎると加入できなくなりますので注意が必要です。任意継続の保険料は、退職時の標準報酬月額に保険料率を掛けて計算されますが、これまで会社が半額負担していた部分も自己負担となるため、在職中の約2倍の保険料になります。
家族の扶養に入るという選択肢もあります。配偶者や親が会社員や公務員で社会保険に加入している場合、一定の条件を満たせば被扶養者として加入できます。被扶養者となれば保険料負担はありませんので、最も経済的な選択肢といえます。ただし、扶養に入るには年収要件などがありますので、家族が加入している保険組合に確認が必要です。
年金については、厚生年金保険から国民年金への切り替えが必要です。これも退職後14日以内に住所地の市区町村役場で手続きをします。国民健康保険の加入手続きと同時に行えば、一度の来庁で済みますので効率的です。国民年金の保険料は全国一律で、令和7年度は月額17,510円となっています。
転職まで数か月以上の期間がある場合
退職から次の入社までに数か月以上の期間がある場合、または転職先が決まっていない場合は、雇用保険の失業給付(いわゆる失業保険)の受給も検討する必要があります。失業給付を受けるには、ハローワークでの求職申込みが必要で、離職票などの書類を持参して手続きをします。
失業給付には待機期間があり、自己都合退職の場合は原則として2か月間の給付制限期間が設けられています。この間は給付を受けられませんので、生活費の準備が必要です。会社都合による退職の場合は、待機期間7日間が経過すれば給付を受けられます。
失業給付を受給している期間中も、健康保険と年金の手続きは必要です。国民健康保険に加入し、国民年金の保険料を納付することになります。ただし、国民年金保険料については、収入が減少している場合には免除や猶予の制度がありますので、市区町村の窓口で相談してみると良いでしょう。
なお、失業給付を受給した後、再就職が決まった場合には、再就職手当という一時金が支給される場合があります。これは早期の再就職を促進するための制度で、給付日数を一定以上残して再就職した場合に支給されます。再就職が決まったら、ハローワークに報告し、再就職手当の申請をすることをお忘れなく。
新しい会社での入社時の手続き
入社時に提出する書類
新しい会社に入社する際には、社会保険の加入手続きのために様々な書類を提出する必要があります。まず必須となるのが、年金手帳または基礎年金番号がわかる書類と、雇用保険被保険者証です。これらは前の会社から受け取っているはずですので、大切に保管しておきましょう。
マイナンバーも社会保険の手続きに必要です。マイナンバーカードを持っている方はそのコピーを、持っていない方はマイナンバー通知カードや住民票(マイナンバー記載のもの)を準備します。本人確認書類として、運転免許証やパスポートなども必要になることがあります。
扶養家族がいる場合は、扶養に関する書類も必要です。配偶者や子どもを扶養に入れる場合は、続柄を証明する戸籍謄本や住民票、収入要件を満たすことを証明する書類などが求められます。会社によって必要な書類が異なりますので、入社前に人事担当者に確認しておくことをお勧めします。
前職の源泉徴収票も重要な書類です。これは年末調整の際に必要となりますので、入社時、あるいは年末調整の時期までには必ず提出するようにしましょう。退職時に受け取っていない場合は、前の会社に発行を依頼してください。
健康保険証の取扱いとマイナンバー保険証
マイナンバーカードを健康保険証として利用している方は、新しい会社での加入手続きが完了すると、比較的早期に保険証として利用できるようになります。ただし、医療機関側のシステム更新のタイミングによって、すぐには使えない場合もありますので、念のため会社から資格取得証明書を発行してもらっておくと安心です。
資格取得証明書は、健康保険の被保険者資格を取得したことを証明する書類で、保険証が手元に届くまでの間、保険証の代わりとして医療機関で使用できます。入社直後に医療機関を受診する予定がある方は、人事担当者に発行を依頼しておくと良いでしょう。
転職時の社会保険で注意すべきポイント
二重加入に注意
転職時に注意が必要なのが、社会保険の二重加入です。前の会社の資格喪失手続きと、新しい会社の資格取得手続きのタイミングによっては、一時的に二つの健康保険に加入している状態になることがあります。特に、国民健康保険に加入した後、すぐに新しい会社に入社した場合などに起こりやすい現象です。
二重加入の状態になると、両方から保険料が徴収されることになりますが、実際に使える保険証は一つだけです。新しい会社で社会保険に加入したら、速やかに国民健康保険の脱退手続きをする必要があります。手続きには新しい会社の健康保険証が必要ですので、保険証が届いたらすぐに市区町村役場で手続きをしましょう。
手続きを忘れていると、国民健康保険料の請求が続くことになります。後日気づいて手続きをすれば、二重に支払った保険料は返還されますが、手続きには時間がかかりますので、早めの対応が賢明です。
保険料の支払いに空白を作らない
社会保険料の支払いに空白期間を作らないことも重要です。特に年金については、未納期間があると将来受け取れる年金額が減少してしまいます。また、障害年金や遺族年金を受給する際の要件にも影響する可能性があります。
国民年金保険料は、退職した月の分から納付が必要です。納付書は後日送付されますが、納付期限に遅れないよう注意しましょう。口座振替やクレジットカード払いの設定をしておくと、納め忘れを防ぐことができます。また、前述のとおり、経済的に厳しい場合は免除や猶予の制度もありますので、市区町村の窓口で相談してみてください。
健康保険についても、加入の空白期間を作らないことが大切です。保険に加入していない期間に病気やケガで医療機関を受診すると、医療費が全額自己負担となってしまいます。退職後は速やかに国民健康保険への加入手続きを行い、新しい会社への入社が決まったら、入社日から確実に社会保険に加入できるよう、必要書類を準備しておきましょう。
扶養家族の手続きも忘れずに
配偶者や子どもなど、扶養家族がいる場合は、その方々の社会保険手続きも必要になります。前の会社で扶養に入れていた家族がいる場合、退職によって扶養から外れることになりますので、退職後は家族全員分の国民健康保険加入手続きが必要です。
新しい会社で再び扶養に入れる際には、扶養認定に必要な書類を提出します。配偶者については、年収130万円未満(60歳以上または障害者の場合は180万円未満)という要件があり、これを証明する書類が求められることがあります。また、配偶者が国民年金第3号被保険者の認定を受けるための手続きも必要です。
子どもを扶養に入れる場合は、出生証明書や住民票などが必要になります。夫婦がそれぞれ別の会社で働いている場合、どちらの扶養に入れるかは収入が多い方の扶養に入れることが原則ですが、健康保険組合によって判断が異なる場合もありますので、確認が必要です。
退職金と社会保険料の関係
退職金を受け取る場合、その金額が健康保険の扶養認定に影響することがあります。退職金は一時所得として扱われ、通常は扶養の判定における収入には含まれませんが、失業給付を受給する場合には、その日額が扶養の収入要件に影響します。
たとえば、配偶者の扶養に入ろうとする場合、失業給付の日額が一定額(基本手当日額が3,612円以上)を超えると、扶養に入れないことがあります。この場合は、失業給付の受給が終了するまでは国民健康保険に加入し、受給終了後に改めて扶養に入る手続きをすることになります。
退職金の金額によっては、翌年度の国民健康保険料や住民税が高額になることもありますので、退職のタイミングを検討する際には、これらの税金や保険料負担も考慮に入れることが賢明です。
まとめ:転職を成功させるための社会保険手続き
転職時の社会保険手続きは、一見複雑に思えるかもしれませんが、基本的な流れと注意点を理解しておけば、スムーズに進めることができます。退職時には必要な書類を確実に受け取り、入社までの期間に応じて適切な手続きを選択し、新しい会社での加入手続きを速やかに完了させることが重要です。
特に注意すべきは、健康保険や年金の空白期間を作らないこと、二重加入を避けること、扶養家族の手続きを忘れないことです。これらの手続きを適切に行うことで、医療費の自己負担増加や将来の年金額の減少といったリスクを回避できます。
転職は人生の大きな転機であり、新しい環境での挑戦に心を躍らせている方も多いでしょう。しかし、社会保険という生活の基盤をしっかりと整えておくことも、転職を成功させるための重要な要素です。事務的な手続きではありますが、自分や家族の生活を守るための大切なステップと捉え、丁寧に対応することをお勧めします。
手続きに不安がある場合や、自分のケースではどうすればよいか判断に迷う場合は、社会保険労務士などの専門家に相談することも有効です。専門家のアドバイスを受けることで、自分に最適な手続き方法を見つけることができ、後々のトラブルを未然に防ぐことができます。
転職という新しいスタートを、社会保険の手続きでつまずくことなく、安心して切ることができるよう、この記事が皆さまのお役に立てれば幸いです。新しい職場での活躍を心からお祈りしています。
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