職場における熱中症対策の企業義務と実務ポイント~夏場の労働安全衛生~

毎年、夏になると「今年も暑い夏になりそうですね」という会話があちこちで聞かれるようになります。しかし、気候変動の影響もあってか、近年の夏の暑さはかつてとは次元が異なります。「熱中症で倒れた」というニュースが連日のように流れ、それが職場でも他人事ではなくなってきました。

厚生労働省の統計によれば、職場における熱中症による死傷者数は増加傾向が続いており、2024年(令和6年)には過去最多となる1,257人が被災しています。

令和6年「職場における熱中症による死傷災害の発生状況」(確定値)を公表します
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_58389.html

しかも、熱中症は他の労働災害と比較して死亡に至る割合が約5〜6倍ともいわれており、企業にとって見過ごすことのできないリスクとなっています。

こうした状況を受け、2025年6月1日に改正労働安全衛生規則が施行され、職場における熱中症対策がこれまでの「努力義務」から「法的義務」へと格上げされました。今回は、この法改正の内容と、企業として今夏までに整えておくべき実務ポイントについて、わかりやすくお伝えしていきます。


なぜ今、熱中症対策が義務化されたのか

そもそも、なぜこのタイミングで義務化となったのでしょうか。背景には、前述の死傷者数の増加に加え、「対応が遅れたために助けられたはずの命が失われた」という痛ましい事例が後を絶たなかったことがあります。厚生労働省の調査では、2020年から2023年にかけて発生した熱中症による死亡災害のうち、実に100件近くが「初期症状の放置」や「医療機関への搬送の遅れ」によるものだったとされています。つまり、熱中症は早期に気づいて迅速に対処さえできれば、多くの場合、命を落とさずに済む災害なのです。

STOP!熱中症 クールワークキャンペーン(職場における熱中症予防対策)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000116133.html

それでも現実の職場では、「少し休めば回復するだろう」「本人が大丈夫と言っているから」という判断が重篤化を招いてきました。こうした状況を改善するために、「発見・判断・対処」の体制を企業として組織的に整備することが、今回の法改正の契機となっています。


対象となる「作業」とは

「WBGT値(暑さ指数)」というのは聞き慣れない言葉かもしれませんが、気温・湿度・輻射熱(日光や地面・壁面からの熱)・風速などを組み合わせて算出する、暑熱環境のリスクを示す総合指標です。環境省のウェブサイトで都道府県別に実況値と予測値が公表されていますので、現場での計測が難しい場合の参考にすることができます。

熱中症予防情報サイト(環境省)
https://www.wbgt.env.go.jp/wbgt_data.php

屋外での建設・土木作業や農作業はもちろん、空調が不十分な屋内工場や倉庫での作業も十分に対象になりえます。「うちはオフィスワークだから関係ない」と思っていても、搬入作業や夏場の屋外移動が日常的にある場合は対象となる可能性があります。自社の作業環境を改めて見直してみることが大切です。


企業に課される3つの義務

今回の改正で企業(事業者)に義務づけられた内容は、大きく3つに整理されます。それぞれ順にみていきましょう。

① 熱中症の早期発見のための報告体制の整備

職場で熱中症の症状がある労働者を速やかに把握し、報告するための仕組みを整備することが求められます。「誰が・誰に・どのように報告するか」という連絡ルートを明確にしておく必要があります。法令では、職場巡視やバディ制(2人1組で互いの状態を確認し合う方式)、ウェアラブルデバイスの活用、定期的な双方向コミュニケーションなど、積極的に症状を把握するための取り組みを推奨しています。作業者が「自分で申告しなければわからない」状態を解消し、周囲が気づける仕組みをつくることが重要です。

② 重篤化を防止するための措置の実施手順の作成

熱中症が疑われる症状が確認された場合に、どのように対応するかをあらかじめ手順書として定めておくことが義務となります。具体的には、涼しい場所への移動・水分補給・冷却などの応急処置の方法、医療機関への搬送基準と搬送先の連絡先、緊急連絡網(社内外を含む)の整備などが盛り込まれるべき内容です。「何かあったときに考える」ではなく、「何かある前に決めておく」ことが求められているわけです。

③ 関係作業者への周知

上記の報告体制と実施手順を整備するだけでは十分ではありません。対象となる作業に携わるすべての労働者に対して、その内容を周知することも義務とされています。「知らなかった」では対応できないのが緊急事態です。掲示物や朝礼での確認、マニュアルの配布など、現場に合った形での周知を徹底してください。


義務違反には罰則も

「義務とはいっても、実際に指導されることはないだろう」と思う方もいらっしゃるかもしれません。しかし、今回の改正では違反した場合の罰則も明記されており、労働基準監督署による是正指導や、場合によっては業務停止命令が下される可能性があります。また、実際に労働者が熱中症で死傷した場合には、安全配慮義務違反として民事上の損害賠償責任を問われるリスクも生じます。

労働安全衛生の観点から企業が負う「安全配慮義務」は、労働契約法第5条にも明記された重要な義務です。従業員の健康と命を守ることは、企業のコンプライアンスの根幹であるとともに、優秀な人材を確保・定着させるための土台でもあります。罰則を恐れるというよりも、「働く人を守る職場をつくる」という姿勢で臨んでいただきたいと思います。


法令対応だけで終わらせない、実務上の熱中症対策

義務化の内容をクリアすることは最低限の出発点に過ぎません。実際の職場で熱中症を予防するためには、日常的な環境整備と教育・意識づけを組み合わせた取り組みが欠かせません。

まず環境面では、WBGT値(暑さ指数)の計測器を現場に設置し、定期的に数値を確認する習慣をつけることが基本です。数値が基準値に近づいた際には作業時間の短縮や休憩の追加をためらわずに行う判断力が、現場管理者には求められます。

次に、水分・塩分補給の仕組みを職場として整えることも重要です。「飲みたい人が飲む」ではなく、「作業前・作業中・休憩時に必ず補給する」というルーティンをつくることが理想的です。経口補水液や塩分タブレットを常備しておくと、実際の緊急時にも役立ちます。

服装面では、通気性・吸湿速乾性に優れた作業着の着用を推奨し、直射日光を受ける作業では帽子や日よけの活用を徹底することが大切です。屋外作業の場合には、作業時間帯の調整(早朝や夕方への移行)も有効な手段です。

また、熱中症は「その人の体調」も大きく影響します。睡眠不足・飲酒・発熱などがある場合は、通常より発症リスクが高まります。体調管理の自己申告を奨励し、無理して出勤・作業を継続させない文化を職場につくることも、長期的には非常に重要です。


人事担当者が今すぐできること

最後に、人事・労務担当者の方に向けて、今すぐ着手できる実務ポイントをお伝えします。

まず確認すべきは、自社の作業内容が今回の義務化の対象に該当するかどうかです。作業場所の環境(気温・WBGT値)と作業時間を洗い出し、該当する作業がある場合には、報告体制と実施手順の文書化を速やかに進めてください。

次に、現場管理者向けの熱中症対応研修を実施することをお勧めします。熱中症の症状・重症度の見分け方、応急処置の手順、医療機関への搬送タイミングなど、「いざというとき」に正しく動けるかどうかが命運を分けます。

さらに、就業規則や安全衛生規程に今回の対応内容を反映させることも検討してください。対策が組織のルールとして明文化されていることで、現場での実施が促進されますし、万が一トラブルが生じた際にも、企業として適切な対応をしていた証拠となります。


おわりに

「夏の暑さで体を壊す人が出るのは、ある程度仕方ない」という感覚は、もはや許されない時代になりました。2025年6月からの改正労働安全衛生規則の施行は、その象徴ともいえる変化です。

法改正への対応はもちろん、その先にある「従業員が安心して夏を乗り越えられる職場づくり」を目指して、今年の夏の準備を早めに進めていただければと思います。

対策の進め方や就業規則・安全衛生規程の整備について、ご不明な点がある場合はお気軽にご相談ください。

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